裏うぉっちング!!!

理屈っぽいです

SFマンガ「AIの遺電子」の繊細さと、人間の鈍感さ

AIが人間の仕事を奪う!」なんていわれる昨今ですが、来るべきAI時代についてあれこれ考えをめぐらすことは決してSFじみた話ではないように思います。そんなAI時代を考える上で参考になるSF漫画の1つに山田胡瓜さんの「AIの遺電子」(秋田書店)があります。

AIの遺電子 1 (少年チャンピオン・コミックス)

AIの遺電子 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 

 AIの遺電子が描くのは、ヒューマノイド(人間の脳を忠実に再現した人型ロボ)、人間、産業用AI(ロボット)が一緒に生活する近未来。主人公はヒューマノイドを診察する医師で、さまざまな症状を訴えるヒューマノイド患者がやってきます。

 

 VR/AR、スマートスピーカー、自動運転など今ある最新テクノロジーも扱っているので、ヒューマノイドと人間が共存する社会や、最新テクノロジーが世の中に入るとどうなるかなどを考える上で参考になる所も多くあります。AI研究者をはじめIT業界関係者などに支持されているのも、そうした未来予想をする上での思考実験の場としての意味もあるのではないでしょうか。

 

ところで、最近AI関連の取材をすることが増えたのですが、AIについて識者の方にいろいろ教えてもらう中で、「AIの遺電子」の読み方も変わってきました。よりその繊細さに触れられるようになったかもしれない、という話。

●「AIについて考える」ことで何が変わったか

後述しますが「AIの遺電子」は結構リテラシーを必要とする玄人好みの作品だと思ってます。それを踏まえ、私がこれまで好きだった話を振り返ると、“分かりやすい”エピソードが多かったように感じます。

 

例えば「寡黙な彼女」など。以下で無料で読めます。

www.itmedia.co.jp

 

 これは、自分の恋人(ヒューマノイド)が事故で体を失い、無機質なモノリスボディーになってしまうという話。以前はケンカが絶えなかった2人ですが、彼女がしゃべりにくく動かしにくいボディーになったことで彼がそれを気遣い、結果的にお互いを思いやって円満になっていくというちょっと皮肉な面もあります。

 

AIの遺電子は、ヒューマノイドがいる未来を考えるだけでなく、「ヒューマノイドを通して<いま>の人間について考える」話でもあります。

例えば自分の恋人が事故によってそれまでの姿と違う外見になってしまうとか、あるいは自分で整形して姿カタチを変えてしまう、みたいなことは現代でも十分あり得ます。それでも相手のことを思いやったり、愛したりできるのか?といったことを問うているという見方もできるでしょう。

 

私たちは視覚を頼りに生活しているところがあるので、「見た目が変わる」というのは結構インパクトがあり、“分かりやすく想像しやすい”シチュエーションです。

 

 一方で、最近は「それって病気なの?」といえるような一見するとわかりにくい症状を扱ったエピソードを味わえるようになってきました。

それはヒューマノイド内面を扱った話。オムニバスで毎回いろんなテーマを扱う「AIの遺電子」ですが、内面を扱うエピソードも少なくありません。

例えば、「心を整形」した女性が出てくる「エモーショナルマシン」。

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人間とのコミュニケーションがうまくいかないから「治療で性格を変えてしまおう」という女性。人間でも対人関係で悩む人は多いですが、コンピュータのように「じゃあ明日からプログラムで自分の言動・振る舞いを変えよう!」とはできません。

 

ではどうするかというと、人間の場合は例えば「認知を変える」という解決方法があります。他人は変えられないので、「自分の考え方・行動を変える」方法です。

ビジネス本や自己啓発本でもよく「コントロール可能な所だけに働きかけよう。それは自分の思考・行動だ」とあり、それを実践することで世の中とうまく付き合い、サバイブしていこうとアドバイスしています。

 

この、認知を変えるという話。これまでは「そうは言っても、自分の考え方を変えるなんてなかなか難しいよ」と思っていたのですが、AIについて考えるようになってから、この話がすっと自分の中に入っていくようになりました。

 

恐らく「AIは何を考えているのか(どういうアルゴリズムで動いているのか)」を考えるようになったので、自分の中に「AIの視点というものさし」が増え、前より自分や物事を客観視できるようになったからだと思います。「自分の思い込みや偏見から離れて事実を事実として受け入れる力(と、そうした考え方)」が少しアップしたのかもしれません。 

●「これって病気?」な患者たち

このような考え方をするようになってから改めて「AIの遺電子」を読むと、「わかりやすい病気の裏に隠れた病気」の存在の方が気になるようになりました。

 

例えば、パチンコ依存症の男性ヒューマノイドの話。人間にとってもギャンブル依存症は治療すべき病気とされており、パチンコをやめたくてもやめられない彼は病院で治療を受けます。

 

AIの遺電子 8 (少年チャンピオン・コミックス)

AIの遺電子 8 (少年チャンピオン・コミックス)

 

 

そして、主人公の医者は「治療には周りのサポートも大事」と話し、なぜか彼と付き合っている女性ヒューマノイドも治療対象に。彼女は2人で積み立てたお金にも手を出し、パチンコをやめられない彼を非難し、日常的に責めたてていました。

 

彼にイライラした感情を発散させることが目的になってしまっていることに気付いた彼女は「私の言うこと聞けばまともになるのにって。ありとあらゆる言葉で…そのことをわからせようとして」「私も病気なんでしょうか?」と不安になります。

これも現実世界ではよくある話で、「認知の問題」でもあります。「ひどい行動をする彼に怒るのも無理はないだろう」と考える人もいれば、「これは2人で乗り越えるべきことだから、お互いの歩み寄りが大事で、そのためには彼女も変わる必要がある」と考える人もいます。彼女の場合は、「彼に怒っている自分」を客観視し、これは変えるべきかもしれない“症状”だと自分で気付けました。

 

このように、一見病気とは判断しづらいケースでも、いったん自分の感情や偏見から離れて客観視すると「実は彼だけが問題ではなく、彼を追い込んでいる自分の行動にも問題があるんじゃないか」と冷静になれます。

目が悪くてメガネをかけている人がそれを障害だと意識しないように、自分が意識しない事柄は意外と気付かないままスルーしてしまうこともあります。

 

「AIの遺電子」の他のエピソードでいえば、同棲中の男性ヒューマノイドのいびきがうるさいから治療してほしいと病院に相談へいく女性ヒューマノイドの話があります。

彼女も毎日眠れないイライラを彼へぶつけてしまいそうになるのですが、ホームAI(スマートスピーカーみたいなもの)の記録を確認すると、どうやら彼女も相当ないびきをかいて彼の睡眠を妨げていたことが発覚します。彼はそのことを彼女には明かしていませんでした。

 

「AIの遺電子」は、こういう「人の振り見て我が振り直せ」なエピソードがちょくちょくあります。「人(ヒューマノイド)の振り見て我(人間)が振り直せ」ということなのかもしれません。

全体的に繊細な作品なので、あまり意識しないと問題を問題として捉えられず問題点を見過ごしてしまうこともあります。

 

私は鈍感な方なので、AIの視点が増えたことで作品の繊細さを前より味わえるようになりました。鈍感だと“感じられない”のかなと。「AIの遺電子」はもっと多くの人に読まれてもいいなと思われてるのに、玄人受けは良くとも想定ライン以上に広まっていないのはこうした背景があるからなのでは、と思った次第です。

 

ところで、先日SF小説BEATLESS」の作者・長谷敏司さんのトークイベントがありました。

「AIへの信頼」不可欠に SF作家・長谷敏司さん、「BEATLESS」の世界語る - ITmedia NEWS

長谷敏司さんは、SFアニメ映画「イヴの時間」の世界のように、「アンドロイドに人権を与えるのはディストピア」という考えを持っているようでした。「BEATLESS」でが人型ロボットは「モノ」として扱われます。 

イヴの時間 劇場版

イヴの時間 劇場版

 

 

一方で、「AIの遺電子」のヒューマノイドには人間と同じような権利が与えられています。人間と同じ社会で暮らす中での偏見、差別、葛藤などは描かれていますが、単なるモノではありません。

 

人間と同等かそれ以上の知能を持ったロボットを信用・信頼していいのか?それも最近気になるテーマの1つです。