読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

裏うぉっちング!!!

オタク、サブカルなどの理屈っぽい話はこちらで。

応援=闇堕ち幇助か、アイドルファン永遠のジレンマ

先日、たまには年末っぽいことでもしようとカラオケに行った。友人はほぼ同年代でアイドル(ハロプロなど)好きという共通点があったので、ハロプロの曲をちょこちょこ入れていく。本人出演のMVが流れると、いろいろやらかしたメンバーたちがまだ純粋だったであろう頃の姿が続々と映し出されてとにかく気まずい。モザイク処理とか、テレビみたいに編集してカットすることもなく、ありのまま流れるので、なんとなく気まずい。

 

タンポポの『乙女 パスタに感動』のMVでは、もはやテレビでは存在していなかったかのように扱われる、天使のような笑顔を見せる最年少八重歯の姿や、離婚騒動で世間から厳しいおしかりを受けたうら若きミニマム金髪っ子の初々しい振る舞いがある。今はハロプロからAKBグループに人気が移り変わっていったが、時代は繰り返す。謝罪坊主や週刊誌に情事売られ娘まで現れた。

 

やらかしレベルは人によって違うけれど、いちアイドルファンとして昔からジレンマがある。それは、

「アイドルを応援することが、結果彼女ら/彼らを追い詰めることになる」つまり「応援=闇堕ち幇助なのではないか」ということ。

「地獄への道は善意で敷き詰められている」とはよく言ったもので、ファンが応援することでステージ上の人物が元気をもらい、ステージ上の人物が頑張ることでファンも元気をもらい…という構図はスポーツなんかでも同じだと思うけど、アイドルの場合は見られるのが仕事であり、ファンが恋人でありというかなり特殊な仕事なので、応援されることは時にはプレッシャーであり、ストレスにもなる。先日話題となった元オスカーの清純派タレントがクスリにおぼれた件もなかなかインパクトがあったが、日常生活を送るだけでも気分の浮き沈みがあるのに、日々大きなストレスにさらされる芸能界なら闇堕ちへの坂もそれだけ急なのだろうと想像できる。

 

といった内容を、2012年、映画「ヘルタースケルター」を見た時の感想で昔書いていた。

うぉっちング!!! : 【ネタバレあり】映画「ヘルタースケルター」感想

で、NETFLIXで年末、3年ぶりにまたこの映画を見た。当時同人誌「奇刊クリルタイ増刊dorj Vol.3」にもクロスレビューという形で寄稿しているのだが、個人的にはこの映画はなかなかの傑作だと思っている。

 

奇刊クリルタイ増刊「dorj」Vol.3

奇刊クリルタイ増刊「dorj」Vol.3

 

 

周囲の評価が昔も今もとにかく低く、同時期に放映された「桐島、部活やめるってよ」が絶賛されてヘルタースケルターがクソ映画扱いされていたのがいまだに納得いかないので、2回見てもやはり傑作だったと感じた理由をまた勝手に書いていく。

 

大きな感想は以前と変わっていないけど、「女に消費される女」というテーマは2016年の今も、まだまだ現役で突っ走れる鮮度の落ちない問題だ。アイドルの低年齢化が進む中で、応援が闇堕ちを誘ってしまうのでは?というジレンマはむしろますます加速したと言っても言い過ぎではないと思う。

 

ヘビーローテーション」のPVでAKBと関わりのある蜷川監督。ヘルタースケルターであの沢尻エリカに生々しすぎる役を演じ切らせた蜷川監督。沢尻扮するりりこからにじみ出るのは、自分の代わりは誰でもいる、すぐに飽きられて取って代わられてしまうという焦燥感、苛立ち。華やかだけれど不安定でギャンブル要素が高く、どこにもよりどころがない芸能界。

 

ハイパーメディアクリエイターブイブイいわせていた頃の沢尻の生き写しにすら見えるが、冒頭の友人からすると、「蜷川のファンタジーな演出がやりすぎ、台詞もやりすぎ、沢尻の演技もやりすぎ」とやりすぎ尽くしらしい。でも、そこに「やりすぎの美学」というか、過剰さややりすぎなところも含めてどこか生々しく、リアリティがある、と言ってみたい。それくらい彼女はハマり役すぎた。数ある女優やタレント、アイドルが闇堕ちしていく中で、彼女も「別に」騒動で相当心身に負荷がかかったと思う。演じる仕事というのは、常に自分のアイデンティティを脅かされる危険な部分もあるはずだ。もし、あの役者が主人公だったら…身近なあの人だったら…、自分だけのヘルタースケルターを無限に楽しめる汎用性の高さも魅力的。

 

メイクや衣装も過剰すぎて、パッと見「これは本当に魅力的なのか?美人なのか?」と疑問に思ってしまうところも、今っぽい。最近は原宿や渋谷で活躍する読モがバラエティ番組を中心としてテレビに良く出る。でも、そのファッションやメイクは特定のコミュニティで強烈に支持されているもので、一般的なカワイイや美しい、きれいの基準とはどこかずれている。映画のりりこも、それに近い。沢尻の素顔も映画のために鍛えて絞った体も魅力的には違いないが、やり過ぎな装飾でお世辞にもあまり美人とは言えない。やりすぎだ。闇堕ちするので表情もひどくゆがんでいくし、むしろ不細工で惨めなむき出しの姿ばかりが目立つ。その何もかも投げ打ったやっつけ感のためか、どこまでやりきってくれるのだろうという演者・沢尻エリカへの好奇心とワクワク感は加速していく。

 

これはすべてフィクションなのだけれど、当時も今も、「女に消費される女」は本当につらい仕事だろうなという認識は変わらない。スキャンダルは異性のファンからのプレッシャーがかかるが、拒食症になるモデルは同性の視線からのプレッシャーが大きい。

 

ジャニーズなど男性アイドルの方にはあまり明るくないが、女性アイドルと比べてファンからのプレッシャーで非行に走ったり、はっちゃけてしまったりという闇堕ちの印象が少ない。物理的な性差の問題もあるだろうけど、激太りの話題も女性アイドルが圧倒的に多い。

 

「二次元は裏切らない」という言葉があるように、二次元を応援するのは気楽だ。スキャンダルもないし、闇堕ちもしない(そういう設定のものもあるけど)。何の気兼ねもなく応援できる。

 

売れてほしいから応援する。でも、売れるといろいろと大変。でもやっぱり頑張って欲しいから応援したい。年端もいかない未熟な子たちを応援するから罪悪感が出るのかもしれない。まだ自分でしっかり判断できない子を大人たちが無責任に応援してよいのかと。でも、「アイドル=未熟なもの」なので、この矛盾とジレンマはもうどうしようもなかったりする。