読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

裏うぉっちング!!!

オタク、サブカルなどの理屈っぽい話はこちらで。

スポーツ報知で語られた「魔法少女まどか☆マギカ」劇場版とテレビ版の違い、ほか雑感(主にさやか)。

アニメ 映画

予想以上に濃い内容だったので、ファンなら買いだと思う。32頁で300円なのだが、あまりにイレギュラーな代物なので、高いのか安いのかわからない。各キャラの声優さんに対して作品に対するインタビューをしているが、急に「ところで、スポーツは好きですか?」などの質問をして流れをぶった切るあたりにスポーツ新聞らしさを感じる。レイアウトもそうだが、これはあくまでスポーツ新聞だ。これまでまどマギ関連の関係者の文章はそこまで読んでいなかったので、制作者側だけでなく、声優さんまで作品について深く考えていたことに驚いた。悠木碧さんなんてまだ若いのに、子供の頃からお仕事をしていただけあって、もはや達観している。

 

  • 劇場版とアニメ版の違い

劇場版とアニメ版で具体的に何が変わったのか、いろいろな人が語っていたので抜粋。

 

新房昭之

・背景・・・テレビシリーズ途中で背景担当の会社が変更したため

・ロング(引き絵)・・・スクリーンになってサイズが大きくなるため

・アフレコ・・・アフレコのやり直し。テレビ版と異なり、既にオチを知った上での収録

 

虚淵玄

・緩急・・・映画は区切りがないので、引いて待たせてという緩急がない

・演出面の見直し

 

水橋かおり】(マミさん)

・絵とセリフが変わっている

 

背景や一部追加シーンなどについては何となく見ていてもわかるが、セリフもそう言われれば感情がよりこもってる感じだったなぁと。セリフ自体は8~9割は同じで、一部アドリブなど適宜追加したようだが、アフレコ自体は録り直してるとのこと。まどかやほむらが取り乱したり、泣いたりするシーンは、テレビ版より強めに演技されていたのかな、と今になって思ったり。

そして、個人的に面白かったのが、アニプレックスの岩上さんが虚淵さんに対して企画を持ち込んだ話。「新房さん、蒼樹うめさんのキャラクター原案で魔法少女ものをやりたい」と。しかも、それを「Fate/zero」のテイストでという注文だったというので、その発想力はどこからくるのかと舌を巻く。絵のテイストや「魔法少女」というタイトルで間口を狭めてしまった一方で、そこから生じるギャップは物凄いものがあるが、これがうまくハマってしまったわけだ。先見の明があるとは、まさにこのことを言うのだろうか。

 

  • 骨太な声優インタビュー

話題になった作品だけあって、声優の作品への思い入れや読み込みが深いなと思った。誰もが「考えさせられる」「誰もが何かを考えるきっかけになる」と、とにかく議論の起点になるような、磁場のような作品であることを強調していた。実際にそうだと思うし、だからいくつもエントリを割いてああだこうだと書いているわけだ。だが、なるほどと膝を打つ内容がある一方で、自身の解釈と異なる意見を持つキャストさんもいたりして、読んでいて面白かった。やはり、同じものを見て違う意見に触れるという体験をすると、脳が喜ぶのがわかる。それぞれ印象深かったインタビュー内容について触れたいと思う。

 

悠木碧】(まどか)

キュウべぇについて聞かれた際、「客観的に見たら何も間違ったことは言っていないし、正義か悪かといったら・・・。それが正義だと思いたくないのが、まどかの素敵なところかな」云々。これが齢20歳の言葉だろうか。正直、「キュウべぇは悪いやつです!ひどすぎるよ、こんなのって、ないよ><」というセリフを期待していたのだが、「今の資本主義社会の中で人が目指している究極値」とか言い出したので、一旦新聞をそっと閉じてもう1回見直すレベルだった。女子高生のクラリスは、無邪気にキュウべぇへのお願いを語ったりしていたが、悠木ちゃんはアルティメットな存在になってしまったようで、達観した語りが多かった。幼い頃から仕事をしてると、こうなるのか。。

 

斎藤千和】(ほむら)

p19に「だからこそ出してはいけないだと思っています。」という誤植があった。

 

水橋かおり】(マミさん)

水橋さんの写真自体がマミさんの雰囲気を漂わせていた。先輩というより、姉さんだ。もしマミさんが生き残っていたら、「年長者かつ魔法少女の先輩なので、説明係になっていた可能性も。」と語っていた。つまり、マミさんがマミられていなければ、テリーマン的な存在になってしまっていただろうという鋭い読みだ。また、「お願い事を自分の命と引き換えにかなえるという話。」と、一言で作品を簡潔にまとめてくれていた。これに乗っかれば、まどかの願いは「人類を救うこと(女の子限定?)」であるが、「自分を犠牲にしてセカイを救う」という、ココロコネクトで言うところの「自己犠牲野郎」なのだろうか。私は、「セカイを救う」ことよりも、「(自分のためにずっと戦い続けてくれた)ほむらのため」というのが、トリガーだったのではないかと思う。なので、逆説的に「ほむらとまどかの二人の物語=セカイ系」だったのではないか。

 

喜多村英梨】(さやか)

一番ギャップを感じたのが、キタエリのインタビューだ。キタエリのさやか理解は、私にとっては新鮮だったし、作品理解についても他の演者と少々毛色が違うように感じた。さやかには「魔法少女というものにあこがれる、ある意味の”ダサさ”」があるという意見は、思わず膝を打った。そうなのだ、さやかはいろんな意味でダサいのだ(唯一無二のマント付きの衣装だ)。元気で明るく振舞っているが、実はそれは本音を悟られないように虚勢を張っていることがわかる(驚くほどスマートに振る舞えない)。彼女のような人間は、自身の本当の心を知られてしまうことを最も恐れいてる。そして実際、自身の本心を語らなければならない状態まで追い詰められたことで、壊れてしまった(彼女のソウルジェムの濁りは、彼女がこれまで我慢してきたものの集合体だと思っている)。だから、キタエリがさやかの魔法少女になった理由の背景に「エゴ」があったと言ったのは、意外だったが外れていないと思う。さやかは「恭介のため」という建前と、「(恭介が元気になれば自分になびくかもしれないという)自分のため」という本音のダブルスタンダードを持っていたのではないか。むしろ、さやかこそ「人のため」を装って、実は「自分のため」に魔法少女になったのではないか、という考えだ。(「マミさんの存在が大きかった!」などというのは、さやかの自己説得、もとい自己暗示のようなものだ。)そして、視聴者が作品世界の残酷さを知るための役割を担っていたのが、さやかなのだ。文字とおり、さやかは犠牲となったのだ…。

 

野中藍】(杏子)

杏子は、魔法少女になる際の願いを「自分のために使うべきだ」と語ったとあるが、むしろ杏子は最初から最後まで人のためにその命を燃やした存在ではなかったのか。だからこそ、恭介のために魔法少女になったさやかに昔の自分を重ねあわせ、イラだったはずだ(上記のように、さやかの「エゴ」の可能性もあるが)。

 

意外だったのが、キタエリや千和さんはキュウべぇが好きだと語っていて、他の人もキュウべぇは決して悪いやつではないと冷静なスタンスを取っていたことだ(そして、それはもっともだ)。世間的にはキュウべぇは憎悪の対象であり、反感を買う存在であり、悪徳商法さながらのアコギな営業マンのようなイメージを付与されていた(ように思う)。しかし、キャストの間ではむしろ「さやか、こえー(怖い)」のような反応が起こっていたわけだ。どこまでも報われない、理解されないさやかよ。最も女子の共感を得られるキャラクターとして紹介されていたが、世の女性たちがさやかほどの献身さとダサさを持ち合わせているとはにわかに信じがたい。