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裏うぉっちング!!!

オタク、サブカルなどの理屈っぽい話はこちらで。

ゲーセンにいる女子は腐女子なのか?

先日、ゲーセンで少々不思議な場面に出くわした。まず、今日日ゲーセンに女子がいることは珍しくもなんともない光景であることは言うまでもないだろう。プリクラにプライズ、音ゲーと、女子の領域もしっかりと根をはっている。だが、その日は珍しく格闘ゲームコーナーに女子がいたのだ。メガネに黒髪の二人という二人組のその出で立ちは文学少女を連想させたが、熱心に同じ筺体にかじりついていたので、何度か通いつめていることがうかがえた。

 

問題は、その二人組が別の筐体に物珍しそうに接近した時に起こった。私の近くにいた男性たちが「腐女子がいるぜ!」と騒ぎ始めたのだ。パチンコほどではないが、ゲーセンもそこそこの爆音なので、彼女たちにはその声は全く届いていない。男性たちの近くにいた私だけがその会話をかろうじて聞くことができた(しかし、かなりの大声だ)。「腐女子が新しいゲームに食いついた!」「きゃー、このキャラかっこいいー(女声で)、ひゃはははは」などと、詰まるところ、彼女たちを侮蔑する会話が聞こえてきたわけだ。

 

だが、なぜ彼らは彼女たちを「腐女子」だと決めつけたのだろうか。私の記憶に間違いがなければ、腐女子とは「男性同士の恋愛をテーマとした作品やキャラクター」に萌える女性たちのはずだ。ただ格闘ゲームコーナーにいただけで、なぜ腐女子なのだろうか。似たような場面は、他の場所でも出くわしたことがある。とらのあなまんだらけといった場所にいると、そこにいる女性に対して、「腐女子がいる!」とざわつく男性が必ずいる。いわんや、アニメイトをや。コミケでもそうだ。BLと無縁な場所にいても、「男性の領域」に踏み込む女子は、なぜかみんな「腐女子」としてのレッテルを貼られてしまうのだ(無論、男性に)。

 

「腐女子のカジュアル化」は確かに起きていると思う。百合に比べて、BLはメディアを通して一般人の目に触れる機会が多い。腐女子自体も、自身が腐女子であることをむしろネタにしたり、アイデンティティにする人もいるように思う。それほど一般化し、広く人口に膾炙しまった言葉とも言える。さらに言うと、「腐女子の概念の拡大解釈」も同時に起こっている。上記のゲーセンの出来事がいい例だ。もはや「腐女子=男性の領域に踏み込む存在」くらいの意味で使われている。格闘ゲームコーナーに女子がいるわけがない、いること自体が珍しいことで滑稽だ、というニュアンスが暗に含まれているように感じた。当の男性たちは、ゲームをするでもなくタバコを吹かしながらただ彼女たちを嗤い、他愛もない雑談をして油を売っているだけだった。どちらが客としてその場にいるにふさわしい存在かは一目瞭然だが、男性/女性という二項対立による序列化が垣間見れたのは事実だ。

 

さらに不思議だったのは、ジャニーズや韓流アイドル、若手俳優集団などに群がる女性たちに対して「腐女子」のレッテルを貼る男性たちの態度だ。ジャニーズをはじめ、容姿端麗な男性の美貌を消費するということは、女性にとって古典的なあり方であるはずなのに、なぜか「男性集団を欲望する女性=腐女子」という拡大解釈がここでも行われている。今は誰もが腐女子になってしまう時代なのだ。

 

ライブドアブログのほうで、「なぜ腐は叩かれて百合は叩かれないのか?」というエントリを以前書いた。やはり、腐女子は「叩かれ」「乏しめられる」傾向にある(男性に)。「こんな場所に女がいるはずがない」というイレギュラーな自体に出くわした時、人は咄嗟に納得のいく説明を自分の頭の中で絞り出す。今回の場合、それは「彼女たちを腐女子とする」ことで自己納得したのだ。これから、ますます腐女子概念は拡散・浸透していくと思う。オタの男性がリア充女に対して「腐女子だ!」と思わず言ってしまって、「は?」と冷たい眼差しで見返されることを願うばかりだ。

 

追記[2012.10.16]

「結局何の台だったのか」というコメントがちらほら見られたので追記。場所が限られてくるのであえて書かなかった部分ですが、「アンダーナイトインヴァース」という2D格ゲーです。腐向け…なのか?

腐女子取扱説明書

腐女子取扱説明書