裏うぉっちング!!!

理屈っぽいです

「ネイル検定」のモデルがなかなか過酷だった話

先日、人生初のネイルを体験しました。

といっても、ネイルサロンに行ったわけではなく、友人が「ネイル検定2級」を受けるのでそのモデルでした。本来のモデルが急遽ダメになったのでピンチヒッターとして登場。なので、練習含め計3回しか施術されてません。

 

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何から何まで初めてのことだったのと、試験本番が想像の5倍くらい過酷だったりしたので(これは受験者も試験官も)、体験したことをあれこれ記録していこうと思います。

 

●ネイル検定とは何か

ネイル検定は実技+筆記からなる試験で、1~3級があります。3級はほとんどの人が受かるのですが、2級の合格率は約50%。年4回なので、検定料はかさむもののチャレンジしやすいのが特徴のようです。2級があるとネイルサロンへの就職などに有利なのだとか。

 

で、試験のほとんどは実技です。ネイルやる人はでっかいバッグに専用用具をこれでもかと詰め込んでるのですが、その中にタオル、コットン、液体類、絵の具、やすり複数、モデルが腕を置く枕など、試験でいるものは全部持参します。で、テプラみたいなものでラベルを付けないと減点になるルール。ネイルに使う水やお湯も水筒やペットボトルで自前です。

それらの道具を使い、爪のケア、赤色のマニュキュア塗り、つけ爪、アート(爪に絵を描く)といった内容を、いくつもの工程を重ねてこなしていきます。

 

練習の時は、爪を真っ赤に塗られたり、謎の液体を吹きかけられたりしながら、「何かいろいろやるんだな~」くらいに思ってたのですが、本番前になると「本番は2時間半動けないから」と言われて、

 

えっ!?

 

と。

「事前準備もあるから、その1時間前くらいからもうトイレとか行けないから」と言われて、

え!????

と。

ただ座ってるだけなのですが、その間私語禁止、スマホ禁止で手をずっと前に突き出し、手のひらは広げていないといけないので、モデルもなかなか過酷です。練習中は話したり、動画を見たりできたのですが、何もかもを封じられる。

ブログネタを探すか、寝るかしかすることがありません。半目で周りをちらちら観察するという折衷案に落ち着きました。

 

基本的に瞑想と空想と妄想しかやることがないので、他の受験者の様子を見たり、厳しい目で何かを書き込む試験官を見たり、爪を眺めたり、脳内で会話したり、 寝たり……2時間半はなかなか果てしないです。

 

試験の内容はこんな感じ。

・出欠、事前審査10分

・実技試験前半35分

・実技試験後半55分

・実技審査49分

モデルの素行も減点対象になるので、変なことはできません。

試験は全国で行われており、1回で約3000~3500人ほどが受験するので、年間で1万2000以上が受けていることになります。

東京会場は池袋だったのですが、サンシャインワンフロア丸ごとなので、1000人くらいいたんじゃないかと思います。

 

囲碁の大会のように、長机がたくさん並べてあって、受験者とモデルが向かい合うように椅子がずらーっと設置されています。モデルは大きく分けて(1)友人、(2)母親、(3)彼氏の3パターン。でも、男性の爪は大きいので塗るのに時間が掛かるそうです。

 

試験には事前に爪を赤く塗って臨むので、サンシャインの周りを赤い爪でうろついていた人たちはみんなモデルです。池袋近辺で赤爪の人を見かけると、妙な親近感が沸きました。ちなみに、試験前夜に赤く塗ったマニュキュアは見事に剥がれおちて当日塗りなおしに。マニュキュア難しすぎる。スマホをいじっただけで、スマホカバーの凸凹で削れました。たった半日でも、マニュキュアが剥がれないように気を付けるのは私にとっては無理ゲーでした。

 

あとは、試験まで爪を切ってはいけない縛りもつらかったです。

私はキーボードでカチャカチャ爪が当たるのが嫌なので頻繁に爪を切るのですが、ネイルはある程度の爪の長さが必要です。本来は伸ばした状態で丸く形を整えないといけないのですが、私の場合はやすりで短く削ることで形を整えるという緊急策を講じ、なんとか本番にこじつけたという感じです。

 

なので、試験が終わって爪が切れて解放感がいっぱいです。

 

果たしてまたネイルをする日はくるのか。

 

 

詰将棋の達人 (マイナビ将棋文庫)

詰将棋の達人 (マイナビ将棋文庫)

 

 

 

SFマンガ「AIの遺電子」の繊細さと、人間の鈍感さ

AIが人間の仕事を奪う!」なんていわれる昨今ですが、来るべきAI時代についてあれこれ考えをめぐらすことは決してSFじみた話ではないように思います。そんなAI時代を考える上で参考になるSF漫画の1つに山田胡瓜さんの「AIの遺電子」(秋田書店)があります。

AIの遺電子 1 (少年チャンピオン・コミックス)

AIの遺電子 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 

 AIの遺電子が描くのは、ヒューマノイド(人間の脳を忠実に再現した人型ロボ)、人間、産業用AI(ロボット)が一緒に生活する近未来。主人公はヒューマノイドを診察する医師で、さまざまな症状を訴えるヒューマノイド患者がやってきます。

 

 VR/AR、スマートスピーカー、自動運転など今ある最新テクノロジーも扱っているので、ヒューマノイドと人間が共存する社会や、最新テクノロジーが世の中に入るとどうなるかなどを考える上で参考になる所も多くあります。AI研究者をはじめIT業界関係者などに支持されているのも、そうした未来予想をする上での思考実験の場としての意味もあるのではないでしょうか。

 

ところで、最近AI関連の取材をすることが増えたのですが、AIについて識者の方にいろいろ教えてもらう中で、「AIの遺電子」の読み方も変わってきました。よりその繊細さに触れられるようになったかもしれない、という話。

●「AIについて考える」ことで何が変わったか

後述しますが「AIの遺電子」は結構リテラシーを必要とする玄人好みの作品だと思ってます。それを踏まえ、私がこれまで好きだった話を振り返ると、“分かりやすい”エピソードが多かったように感じます。

 

例えば「寡黙な彼女」など。以下で無料で読めます。

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 これは、自分の恋人(ヒューマノイド)が事故で体を失い、無機質なモノリスボディーになってしまうという話。以前はケンカが絶えなかった2人ですが、彼女がしゃべりにくく動かしにくいボディーになったことで彼がそれを気遣い、結果的にお互いを思いやって円満になっていくというちょっと皮肉な面もあります。

 

AIの遺電子は、ヒューマノイドがいる未来を考えるだけでなく、「ヒューマノイドを通して<いま>の人間について考える」話でもあります。

例えば自分の恋人が事故によってそれまでの姿と違う外見になってしまうとか、あるいは自分で整形して姿カタチを変えてしまう、みたいなことは現代でも十分あり得ます。それでも相手のことを思いやったり、愛したりできるのか?といったことを問うているという見方もできるでしょう。

 

私たちは視覚を頼りに生活しているところがあるので、「見た目が変わる」というのは結構インパクトがあり、“分かりやすく想像しやすい”シチュエーションです。

 

 一方で、最近は「それって病気なの?」といえるような一見するとわかりにくい症状を扱ったエピソードを味わえるようになってきました。

それはヒューマノイド内面を扱った話。オムニバスで毎回いろんなテーマを扱う「AIの遺電子」ですが、内面を扱うエピソードも少なくありません。

例えば、「心を整形」した女性が出てくる「エモーショナルマシン」。

www.itmedia.co.jp

 

人間とのコミュニケーションがうまくいかないから「治療で性格を変えてしまおう」という女性。人間でも対人関係で悩む人は多いですが、コンピュータのように「じゃあ明日からプログラムで自分の言動・振る舞いを変えよう!」とはできません。

 

ではどうするかというと、人間の場合は例えば「認知を変える」という解決方法があります。他人は変えられないので、「自分の考え方・行動を変える」方法です。

ビジネス本や自己啓発本でもよく「コントロール可能な所だけに働きかけよう。それは自分の思考・行動だ」とあり、それを実践することで世の中とうまく付き合い、サバイブしていこうとアドバイスしています。

 

この、認知を変えるという話。これまでは「そうは言っても、自分の考え方を変えるなんてなかなか難しいよ」と思っていたのですが、AIについて考えるようになってから、この話がすっと自分の中に入っていくようになりました。

 

恐らく「AIは何を考えているのか(どういうアルゴリズムで動いているのか)」を考えるようになったので、自分の中に「AIの視点というものさし」が増え、前より自分や物事を客観視できるようになったからだと思います。「自分の思い込みや偏見から離れて事実を事実として受け入れる力(と、そうした考え方)」が少しアップしたのかもしれません。 

●「これって病気?」な患者たち

このような考え方をするようになってから改めて「AIの遺電子」を読むと、「わかりやすい病気の裏に隠れた病気」の存在の方が気になるようになりました。

 

例えば、パチンコ依存症の男性ヒューマノイドの話。人間にとってもギャンブル依存症は治療すべき病気とされており、パチンコをやめたくてもやめられない彼は病院で治療を受けます。

 

AIの遺電子 8 (少年チャンピオン・コミックス)

AIの遺電子 8 (少年チャンピオン・コミックス)

 

 

そして、主人公の医者は「治療には周りのサポートも大事」と話し、なぜか彼と付き合っている女性ヒューマノイドも治療対象に。彼女は2人で積み立てたお金にも手を出し、パチンコをやめられない彼を非難し、日常的に責めたてていました。

 

彼にイライラした感情を発散させることが目的になってしまっていることに気付いた彼女は「私の言うこと聞けばまともになるのにって。ありとあらゆる言葉で…そのことをわからせようとして」「私も病気なんでしょうか?」と不安になります。

これも現実世界ではよくある話で、「認知の問題」でもあります。「ひどい行動をする彼に怒るのも無理はないだろう」と考える人もいれば、「これは2人で乗り越えるべきことだから、お互いの歩み寄りが大事で、そのためには彼女も変わる必要がある」と考える人もいます。彼女の場合は、「彼に怒っている自分」を客観視し、これは変えるべきかもしれない“症状”だと自分で気付けました。

 

このように、一見病気とは判断しづらいケースでも、いったん自分の感情や偏見から離れて客観視すると「実は彼だけが問題ではなく、彼を追い込んでいる自分の行動にも問題があるんじゃないか」と冷静になれます。

目が悪くてメガネをかけている人がそれを障害だと意識しないように、自分が意識しない事柄は意外と気付かないままスルーしてしまうこともあります。

 

「AIの遺電子」の他のエピソードでいえば、同棲中の男性ヒューマノイドのいびきがうるさいから治療してほしいと病院に相談へいく女性ヒューマノイドの話があります。

彼女も毎日眠れないイライラを彼へぶつけてしまいそうになるのですが、ホームAI(スマートスピーカーみたいなもの)の記録を確認すると、どうやら彼女も相当ないびきをかいて彼の睡眠を妨げていたことが発覚します。彼はそのことを彼女には明かしていませんでした。

 

「AIの遺電子」は、こういう「人の振り見て我が振り直せ」なエピソードがちょくちょくあります。「人(ヒューマノイド)の振り見て我(人間)が振り直せ」ということなのかもしれません。

全体的に繊細な作品なので、あまり意識しないと問題を問題として捉えられず問題点を見過ごしてしまうこともあります。

 

私は鈍感な方なので、AIの視点が増えたことで作品の繊細さを前より味わえるようになりました。鈍感だと“感じられない”のかなと。「AIの遺電子」はもっと多くの人に読まれてもいいなと思われてるのに、玄人受けは良くとも想定ライン以上に広まっていないのはこうした背景があるからなのでは、と思った次第です。

 

ところで、先日SF小説BEATLESS」の作者・長谷敏司さんのトークイベントがありました。

「AIへの信頼」不可欠に SF作家・長谷敏司さん、「BEATLESS」の世界語る - ITmedia NEWS

長谷敏司さんは、SFアニメ映画「イヴの時間」の世界のように、「アンドロイドに人権を与えるのはディストピア」という考えを持っているようでした。「BEATLESS」でが人型ロボットは「モノ」として扱われます。 

イヴの時間 劇場版

イヴの時間 劇場版

 

 

一方で、「AIの遺電子」のヒューマノイドには人間と同じような権利が与えられています。人間と同じ社会で暮らす中での偏見、差別、葛藤などは描かれていますが、単なるモノではありません。

 

人間と同等かそれ以上の知能を持ったロボットを信用・信頼していいのか?それも最近気になるテーマの1つです。

 

仕事でシンガポールに行ってきた

仕事で3日間ほどシンガポールに行ってきた。
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東京都よりも小さい人口550万ほどの国で、中国系中心にさまざまな人種の人たちがいて、四季がなく年中暑い。

街はきれいで歩きたばこは罰金だとか聞いてたが、実際は街もそこそこ汚くてふつうに歩きタバコの人たちもいて衝撃を受けた。

言語や文化の壁を感じることも多く、記憶が鮮明なうちにいろいろ振り返っていきたい。

●出国、到着、街歩き

羽田空港から飛行機で7時間ほどでチャンギ空港に到着。
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ターミナル1~4まであるチャンギ空港は、うわさ通りとても充実した空間で、とても広い。しかし、空港内のバーガーキングに行くと店員はスマホをいじっていて、早朝だからかとにかくダルそうにしていた。

かと思えば、裏方の店員は異常なハイテンションで「グッモーニン、ヒャッハー!」と店員のおばちゃんに話しかけていて無視されていた。空港内でもこの接客なのは少し面くらってしまった。

日本のように紙ナプキンはなく、トレーの横にある店用ふきんもないので、テーブルはずっと汚いまま。これは街中も同様で、店員の接客も店内もとにかく雑だった。清潔感はあまりない。

交通機関はバス、地下鉄などもあるが、タクシーが便利。日本よりややリーズナブルな値段で、どのタクシーに乗っても安全だ。GrabやUberなどのタクシー配車アプリを使う人が多いようで、流しのタクシーを止めようとしても大体予約が入っていた。
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ofo、mobilke、obikeなど中国を中心に人気のシェアサイクルサービスも普及し、街の至る所で自転車が乗り捨てられていた。
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電動スクーターに乗っている人もいた。詳しい人に聞いてみると、シンガポールでは政府がパーソナルモビリティデバイス規制緩和をし、「何キロまでなら出してOK」と公表しており、企業側も参入しやすいそうだ。

だが、海外旅行で来るならGrabやUberは必須だと感じた。タクシーに乗ること自体にかなり苦労したからだ。

街をぶらつくと、あまりきれいな街とはいえなかった。歩きタバコもいる。

現地で働く日本人や、日本の店も多い。駐在中の日本人によると、歩きタバコは現行犯で捕まえるのが基本らしい。日本の店は、らーめんけいすけをはじめ、天丼、寿司、焼肉、油そばとさまざま。値段は日本よりやや高め。
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●観光地

観光は、マーライオン公園、マリーナベイサンズ、チャイナタウン、アジア文明国立博物館など近場を回った。どれもタクシーで5~10分程度で移動できる距離だ。マーライオンは、夜のライトアップされた風景の方が良かった。後ろには金融・証券の高層ビルが並び、なかなか迫力があった。

 
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マーライオンの向かいには、巨大複合施設マリーナベイサンズ。
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お台場のダイバーシティのような感じで、カジノはスロットやバカラなどが多く、ポーカーはない。軽くルーレットで溶かし、すぐに現実の世界へ戻った。

今回は行かなかったが、少し離れたリゾートのセントーサ島にもカジノがあり、こちらはポーカーができるらしい。最低レートが高いようなので、わざわざ行くことはなかった。

チャイナタウンは、現地の中国人が多いちょっとマニアックな場所。


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中国系店舗が密集しており、街中に寺院やモスクなどがある。シンガポールはITの国という印象があり、実際シンガポール大学の周りはTech系ベンチャーが密集しているらしいが、街中に突然寺院のような建物がボンッと現れる。


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高層ビルがあるかと思えば、伝統的な建物もあったりと、狭い空間に毛色の違うものが同居しているのだ。

アジア文明国立博物館はひたすら仏像だった。


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ペルソナや女神転生シリーズで見たことある、あるいはそのままでてきておかしくないビジュアルの像が並んでいた。欧米の観光客の他、現地の子供たちが社会科見学で来ていた。

●仕事

仕事の詳細は割愛するが、やはり出張で行く場合は荷物の軽量化が大事だと思った。かなり軽装な方なので、荷物のほとんどが仕事道具。場合によってはタブレットPCも悪くないかもしれない。変換プラグ必須な上に充電するものが多いので、電源タップも持参した方がいい。

あとは東南アジア人の時間間隔。インド系など、のんびり時間が流れている人たちもいた。友達に聞いたら、中東などは全く別の文化で、仕事でもたまに戸惑うことがあるそうだ。

言語の壁も改めて感じた。Google翻訳など翻訳ツールやデバイスが進化しているとはいえ、実際の会話でいちいち翻訳機にかけるわけにはいかない。

アクセントの問題でうまく伝わらないことも多く、自己紹介やよく使うテンプレは用意しておけばよかったと思った。話せないことはともかく、聞き取れないことがなかなか困る。今はすぐ音声で読み上げる翻訳デバイスなどが普及しているが、まだそれは過渡期で、ビジネスの現場で滞りなく言語の壁を超えるのは難しい。

まずは母国語で言いたいことや、自分の考えを持つことが大事なのは大前提だが、過渡期では言語の壁は大きい。限られた時間で会話しないといけないときは、通訳をしている時間がないからだ。

●余韻、帰国

長距離移動が苦手なので、海外に行くのはなかなか落ち着かないが、2~3日するとようやく街になじんでくる。結局行かなかったが、セブンイレブンダイソーなどなじみの店もある。街に浸る余裕がでてきた。


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昼は日差しが強すぎてクラクラするが、夜は程よくあったかくて風が心地いい。でも、年中高温多湿で四季がないのも物足りなそうだ。熱帯ならではの背の高い植物もうっそうと茂っている。飲食店の店員は不愛想だが、街の人は結構親切で、日本よりもはるかにフランクに接してくる。

だが、現地にいる友人いわく自己中な人が多いので日本人には国民性が合わないのではと感じているらしい。

食べ物はチキンライスをはじめオーソドックスなものを一通りおさえたが、どれもピリ辛ながらおいしい。


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治安はとてもよく、現地の日本人いわく下手すると日本より安全かもしれないという。そういう意味では住みやすそうだが、生活するとなると大変そうだ。

クルマを所有するには高額な値段がかかり、家もそこそこいい値段がするという。人気のある娯楽はよくわからないが、スポーツはバドミントンが盛んらしい。

観光で来るにはよいかもな、と思っていたところでそろそろ帰国のタイミングだ。

チャンギ空港では、なぜか搭乗ゲートで荷物検査をする。なので、ペットボトルは機内に持ち運べない。


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羽田空港に到着し、入国審査のときに顔認証と指紋認証ゲートがあることに気付いた。なぜかみんな人間のスタッフがいるところに行列を作っていたので、空いている顔認証の方へ。10秒ほどで終了した。指紋認証組はもう少し掛かっていたようだが、空いていればこっちのゲートに行くのがよさそうだ。

何度か海外に行っているが、まだまだ旅慣れない。

あと、沢木耕太郎の「深夜特急」でシンガポール編を読んでみたが情報が古すぎて旅自体の参考にはならなかった。参考文献を間違えた。

 

深夜特急2―マレー半島・シンガポール―(新潮文庫)

深夜特急2―マレー半島・シンガポール―(新潮文庫)

 

 

ペルソナ5のUIが最高オブ最高

最近はペルソナ5で遊んでます。

前作のペルソナ4でペルソナシリーズにどっぷりはまったのですが、今作も現代社会の問題を扱いつつ、魅力的なキャラクターとストーリー、スタイリッシュな世界観で、時間を忘れてノンストップで楽しめる内容になっています。

 

そして、UIがめちゃくちゃカッコいいです。

 

www.famitsu.com

 

色使い、デザイン、キャラクターのポーズ…何から何までとにかくオシャレです。ただのメニュー画面でここまで格好いいので戦闘画面はいわんや…という所ですが、戦闘UIもかっこいいし、何より気持ちいい。

 

とにかく、ストレスなく気持ちよくが徹底されているのでノンストップで楽しめるんですね。

その1:戦闘システムが気持ちいい

RPGのレベル上げってダルいですよね。ドラクエ11も、あと少しでクリアなのですが、レベル上げがダルくて積んでいる状態です。単調な作業はなかなか苦痛ですよね。

ペルソナ5は、戦闘のダルさを極力減らしてくれます。

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まずは、早送り機能。早送りボタンを押せば、勝手にキャラクターたちが物理攻撃でガンガン殴ってくれます。単なるオート機能といえばそうなのですが、ビデオの早送りのような演出がされるので、何となくスピーディーに処理してもらってるなという気分になります。

 

そして、戦闘にリズムを持たせるのがキャラのボイスです。モルガナという案内役のキャラがいて戦闘中にプレイヤーをナビゲートしてくれます。何気に良いなと思うのが、キャラが行動するたびにモルガナが「いいぞ!」「素敵だ!」「さすが!」と褒めてくれること。褒められるとやはり気持ちがいいので、単調になりがちな戦闘にリズムが生まれます。早送りしていても喋ってくれるのもうれしい。

 

戦闘終了後の経験値やお金の獲得表示も、いちいちかっこいい。ペルソナの召喚、相手の弱点をついたときのカット絵、特殊アクションのカット絵、いちいち全てがおしゃれでかっこいいのです。

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その2:ダンジョン探索が気持ちいい

ダンジョン探索も、作業ゲーと感じてしまうとダルいですよね。ペルソナ5の主人公は高校生なので、普段は授業を受けたり、友達との親睦を深めたりと、学生生活を満喫しています。

そろそろ敵と戦いたいなーと思った所で、次のダンジョン、メリハリがついてます。そして、レベル上げをダルいと思わせない工夫がスニーキングです。主人公たちはオタカラを奪う怪盗なので、なるべく敵に見つからないように隠れながらダンジョンを進む必要があります。

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なので、ドラクエ11みたいに敵に見つかっているけど走って逃げるゴリ押しプレイはできません(敵に見つかるたびに警戒度が上がっていき、上がりすぎると探索できなくなる)。

うまく物陰に隠れながら、隙を見て敵に飛び掛かる。スニーキング要素があることで戦う意味が生まれてきます。自然とレベルも上がっていく。いいことだらけです。

 

怪盗という設定をうまく利用し、ダンジョン攻略も容易になっています。というのも、大抵のダンジョン探索は、途中で力尽きてゲームオーバーになったり、ボロボロの状態でボス戦に挑んで全滅してしまったりします。

途中で撤退できるのは他のゲームでもありますが、ペルソナ5はひとまずダンジョン最深部まで行ったら、現実世界に戻って予告状を出します。「あなたの大切なオタカラを盗みますよ」と、現実世界で相手に反抗の予告をするのです。

これだけ聞いても粋なシステムですが、これの何がいいかって、次ダンジョンに入るときにボス戦をやるだけで済むのです。万全の状態でボス戦に臨める素晴らしいシステムだなと。死んでもまたボス戦前でやり直せばいいし、装備やアイテムに不備があれば現実世界で整えればいいのです。

 

中2病的かっこよさで満たされたペルソナ5。カレンダー通りに1日1日を過ごすのでややスローペースに感じる人もいるかもしれませんが、いちいち操作がかっこいいのでプレイすること自体が気持ちいい。ダルくなったら早送りをすればいいのです。

 

ペルソナ5 - PS4

ペルソナ5 - PS4

 

 

 

高校の先生に「あほかしこ」になれと言われた話

「お前らは、あほかしこになれよ」

 

高校の部活の顧問は数学教師だった。

田舎だったので、生徒と教師の距離は近い。すでに高校生だったが、人格形成にも影響を与えるくらい、親子のようにいろいろなことを話してくれた。

 

突拍子もないことを言うことも多かったが、数学教師なので部活の指導も論理的に説明する。運動部なので根性論で話す先生も多かったが、この人は情も大事にしつつロジカルだった。小さい頃から教師嫌いだったが、この人の話は大体腹落ちしていたように思う。

 

田舎の進学校だったので、地頭の良い人が多かった。そこで、冒頭の台詞である。

先生いわく、世の中の人間は「かしこかしこ」「あほかしこ」「かしこあほ」「あほあほ」の4種に分けられるらしい。

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「賢い」と「あほ」の組み合わせによる4象限。

・かしこかしこ…賢そうに振る舞う賢いやつ(嫌な奴)

・あほかしこ…アホなふりして実は賢い(目指すべき所)
・かしこあほ…賢いふりしてアホ(タチが悪い)
・あほあほ…ただのアホ
ということらしい。

「うちの生徒はかしこかしこが多すぎる。社会に出て損するぞ」と言われた。あほあほについては、「ただのアホじゃ!」とめちゃくちゃ笑っていた。でも、あほあほよりかしこあほの方がタチが悪いらしい。

 

あほかしこは、「能ある鷹は爪を隠す」とか「人は見た目で判断してはいけない」みたいなことらしい。でも何であほかしこを目指すのか理由を聞いたら「その方がかっこいいから」みたいな回答だった気もする。

 

こういう面白いことを言う先生の話はよく覚えているが、高校・大学以外の先生との会話の記憶がほとんどない。小学校高学年で田舎に引っ越してから、中学までまともに学校に行ってなかったからだ。定時に登校した記憶がほとんどないし、教室にもあまりいなかった気もする。高校も、部活と勉強はしていたが遅刻癖は治らずで、よく今毎日会社に行っているなと思う。

 

学校に行かずに何をしていたかと言うと、山に登っていた。普通に朝、家を出て、学校へ行かずに山に登った。山の途中に開けた土地があって、ベンチに座って勉強したりしていた。

 

水を汲みにきた工事現場のおじさんと、

「何してんだ?」
「勉強してます」

「学校は?」

「行っても意味ないんで」

「俺も昔は学校よくサボってたけど、学校は行った方がいいぞ」

という会話をして、昼過ぎに学校に行ったら、そのあとめちゃくちゃ怒られた。

 

また後日、学校へ行かずに別の公園で英語の勉強をしていたら、そのあとめちゃくちゃ怒られた。中学はほんとに退屈だった。何より理不尽な体罰教師がいたのが辛かった。

 

なんてことを、ペルソナ5をしながら思い出したのだった。

 

ペルソナ5 - PS4

ペルソナ5 - PS4

 

 ペルソナ5の最初のボスは、体罰セクハラの体育教師・鴨志田。学校を自分の城だと思っている彼の欲望を具現化したダンジョン「カモシダ・パレス」で、彼の宝物(を具現化したもの)である王冠を盗み、彼を改心させるのが、主人公たち怪盗団の最初の仕事だ。

 

班目はかしこかしこだ。才能あるバレーボールの選手でもあり、とにかく威張りちらす。でも人望はない。

人は賢く見られたい生き物だと思う。でも、あほかしこの方が長い目でいいらしい。アホガールというアニメがあった。あれはただのあほだった。

ゲーム中の「姿勢」に個性が出る

ゲーム中の「姿勢」というのは、「どれどれ、みんな真面目にゲームをやっているかな」という、意識高いゲーマーを気取って内面を見ているわけではなく、猫背だとか背筋がピンと立っているだとかいう物理的な「姿勢」のことです。


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ミカドでフライングパワーディスクをしてきた(本筋から脱線)

 

ゲーセンの対戦ゲーム(格ゲーが多いかも)をプレイしている人の姿勢や表情なんかを見るのが好きです。結構個性が出るので、特にプロゲーマー同士の対戦なんかはゲーム画面そっちのけで人の方に注目することも多いです。見ますよね?

 

前のめりで猫背なのか、ピンと背筋を伸ばしているのか、脚を組んでいるのか、ちょっと斜めに座っているのか、脚を大きく開いてどっしり座っているのかなど。毎回姿勢が変わる人もいれば、姿勢が固定されていて、後ろ姿だけで「この人だな」と分かる人もいます。

 

レバーの持ち方ひとつとっても、ワイングラスを持つように握るのか、手のひらで覆いかぶせるように持つのか、手を横にして軽く握るように操作するのか、いろいろです。ラウンドを1本取るとタバコをふかす、水を飲むなど、ルーティーンを行う人もいます。

 

あとは表情。大人になるとなかなか日常で真剣勝負をすることなんかないですし、真剣な顔をしている大人たちの顔を拝める機会もなかなかありません。仕事中なんて大体死んだ魚の目をしていますし(?)、ゲーム・試合に熱中している人の顔、表情、目を見るのはなかなか良いものです。目線を追って、画面のどの辺を意識して見ているのか観察するのも乙なものです。

 

昨日は、思わず対戦中の人たちを長時間ガン見してしまう機会がありました。千葉・幕張メッセで開催された、ゲームの祭典「闘会議2018」。ストリートファイターV アーケードエディションの大会やステージイベントが開催され、いつも動画配信で見ていたプロゲーマーたちが目の前で手に汗握る戦いを繰り広げていたのです。

 

若手のホープ・立川選手や、闘会議で優勝した板橋ザンギエフ選手なんかは前のめり・猫背タイプのプレイヤー。自然体でリラックスムード漂うウメハラ選手とはまた違う、鬼気迫る緊迫感があり、プロゲーマーたちから発せられるオーラを間近で感じられてとても良い刺激になりました。かずのこ選手の真剣な表情も良いし、ふ~ど選手の笑顔も良かった。

 
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闘会議のステージイベント

 

普段ネット配信でも格ゲーの大会を見ることはありますが、現地で見るとやっぱり全然違います。大きなステージで、実物の選手との距離が遠くて、スクリーンでしか表情をしっかり確認できなくても、やはり現地で見るのと配信で見るのはだいぶ伝わってくるものが違うように思います。


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立川選手


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ナウマン選手

 

日本eスポーツ連合のプロライセンス制度などでゴタゴタは続いていますが、個人的には日本のeスポーツシーンはもっと盛り上がってほしいし、興行として成功してほしいと思います。野球やサッカーと同じように、やはりプロ選手の試合は面白いし、かっこいいし、感動するものなのです。知らないゲームでも、すごいことをやってるな、というのは何となく伝わりますし(そういうのが伝わりやすいゲームが競技タイトルに選ばれるのでしょう)。

 

ネット配信では、ゲーム画面だけ映し出されることがほとんどです。大会の現場に行ったり、ゲーセンに行ったりして、ぜひプレイヤーたちのゲーム中の「姿勢」に注目してみてください。

 

 

おじさんに「かわいい」を学んだ話

突然ですが、1月18日はマイメロディの誕生日です。

 

マイメロディのアニメは、プリパラやミルキィホームズ(1期・2期)でおなじみの森脇真琴さんが監督を務めており、子供だけでなく大人も楽しめる、ブラックユーモアあり、メタ的なギャグありの面白い作品なのですが、アニメの影響もありマイメロは結構好きです。

 

元々ディズニーよりサンリオのグッズに囲まれている家庭だったので、子供の頃からサンリオに親しんできました。三白眼のバッドばつ丸なんかは他人の気がしないくらい親近感を持っているのですが、大学あたりまではキャラもの好きをあまり公言していませんでした。

 

「自分のキャラでサンリオ好きというのも何かなぁ…」という、思春期特有の自意識です。しかし、大学時代にTwitterが流行りはじめ、その自意識が書き換えられる出来事が起こりました。

 

今でこそ炎上の温床のようになり、息苦しささえ感じるTwitterですが、昔はいわゆるアーリーアダプター的な人たちが集う、もう少し自由な雰囲気の場所でした。今では有名になって自由に発言ができなくなったような人たちも、本当に自由にあれこれ発言していました。

 

ある日、とあるツイートを見つけました。私より全然年上の男性が、マイメロがかわいいとすごく自然につぶやいていたんです。別にネタとかでも、誰かと絡む理由とかでもなく、ごく自然に、ただ純粋にマイメロがかわいいと。

 

それが個人的には感動的というか、衝撃的というか、これまでの自分の自意識が恥ずかしく、ばかばかしく思ってしまったんですね。

おじさんがマイメロかわいいと言っているんだから、私も言っていいだろうと。

 

それから、かわいいものはかわいいと言うし、かっこいいものはかっこいいと言うようになり、なんだか少し心が自由になりました。おじさんが言ってるんだから、何言ってもいいだろうと。はてなのアイコンもマイメロですし、一部サービスのアイコンはいまだにマイメロだったりします。どれもおじさんのおかげです。

 

Twitterに、そしておじさんに、「かわいい」の心を教えてもらった。

今ではおじさん自体がかわいいと愛でられる対象にすらなっていますが…(のじゃおじ)。

dic.nicovideo.jp

マイメロの誕生日を前にしてそんなことをふと思い出しました。いわゆるサンリオガチ勢のマイメロかわいい勢とはまたちょっと違う好きなんだと思います、という面倒くさい前置きも置きつつ。あと動いているリアルヨシキティーを見たときに、ヨシキティーも好きになりました。佇まいがビジュアル系すぎて中の人にプロ意識を感じました。