裏うぉっちング!!!

理屈っぽいです

沖縄で出会った名字とレア度判定

先日、仕事で沖縄に行った。

 

出張が決まってからは、もうそのことで頭が一杯だった。沖縄へ行けることにワクワクしているわけではなく、飛行機が苦手だからだ。

 

離着陸時にいつも酔ってしまうのだが、今回もそこそこ揺れてキツかった。自分でできることは、薬を飲むことと祈ることくらいだ。フラフラになりながらも無事到着し、もう夜だったので空港のローソンで晩ごはんを買うことにした。

 

チャンプルー弁当など沖縄らしい商品が並ぶものの、そこまで食欲もなかったので、ごく普通のおにぎりとごくごく普通のポテトサラダを買うことにした。

 

会計時にふと店員さんの顔を見た。肌は健康的な色でどこかエキゾチックな雰囲気だったので外国人スタッフかなと思い、何となくネームプレートに目をやった。

 

そこには「嘉数」と書かれていた。

 

初めて見る名字だった。後からググると、沖縄県によくある名字もしくは地名らしかった。嘉数さんを見て、何となく沖縄に来たという実感がわいてきた。

 

そのままタクシーでホテルに向かう。カタコトのタクシードライバーに行き先を告げ、ウトウトしていたらもう到着していた。入口にいた外国人スタッフに受付へ案内してもらう。あとはチェックインして寝るだけだ。

 

受付スタッフは笑顔でもてなしてくれた。虚ろな目で何となく視線を落とすと、ネームプレートが目に入った。

 

そこには嘉数と書かれていた。

眠い目をこすってみたが、そこにある文字はやはり嘉数だった。ホテルの説明を丁寧にされたが、全く耳に入らなかった。

 

嘉数さんから受け取ったカードキーで部屋に入り、嘉数さんに会計してもらったおにぎりをほおばる。気が付いたら沖縄出身の友人に一連の嘉数劇場についてLINEしていた。

 

「たしかにすげーいる」と言われた。鈴木さんという店員に2連続で会うようなものなのかもしれない。明日、出会う人たちのネームプレートも確認したいと思った。珍しい名字の人に会えるかもしれないからだ。結論からいうと、沖縄っぽい名字のオンパレードだった。

 

翌朝、チェックアウトのために受付にいった。そこには嘉数さんはおらず、ネームプレートには「田名」と書かれていた。こちらも初見だったが、LINEで友人に確認するとやはりそこそこいる名字のようだった。

 

薬局やおみやげ店などに行くと、店員はネームプレートを付けている。名字を見つけてはLINEで報告するという作業を繰り返した。

 

「名嘉」

「レア」

 

「平安山」

「レア」

 

「比嘉、渡嘉敷、屋名慶」

「わろた」

出会う人は、ほぼ100%沖縄っぽい名字だった。これが普通なのだろうか?

「仲村渠」(なかんだかり)が一番レアらしい。会えなかった。

 

最後に、沖縄のご当地ピカチュウをゲットした。名字はない。


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本を読まずに、本を読む 書評「『罪と罰』を読まない」

本を読まずに、本を読む。

そんな不思議なコンセプトの本を発見した。

 

文春文庫から出ている「『罪と罰』を読まない」だ。

翻訳家の岸本佐知子さん、作家の三浦しをんさん、執筆・デザインなどを行う吉田篤弘さん・吉田浩美さんの4人が、ドストエフスキーの古典『罪と罰』について語り合う座談会をまとめたもの。タイトル通り、4人は罪と罰は未読で、周辺情報や小説の断片などから内容をあれこれ推理していく。

 

これがとても面白かった。

その推理の鋭さや想像力にも驚かされたが、本書を通して自分の「本を読む」という行為自体がアップデートされたからだ。

 

「読む」という行為は、本を開く前から始まっているし、本を読み終えた後にもできる。これが分かれば、積ん読という概念からも解放されて楽になる。読書は本来、とても自由で楽しい行為なのだ。それを思い出させてくれる本だった。

 

タイトルや表紙から、どんな内容なのかを想像する。著者は誰か、著者の出身地・出身国はどこで、どんな時代に書かれたものか。その時代・国の政治、経済、文化はーーと考え出すと、既に妄想で物語が作れる。

 

それがプロの翻訳家や小説家なので、考察も鋭い。もちろん間違った方向で推理が進むこともあるが、正解か否かよりも、限られた情報から想像力を働かせて推理していく様が面白い。

 

本書の未読座談会は、冒頭と結末の一ページのみを訳した岸本さんの「これ、最初と最初を読んだだけでも面白くて、主人公が超ニート野郎なんですよ。すごく貧乏で、現代に通じる感じの男なの」という会話から始まる。そこから、「舞台はどこなんだろう」「主人公の年齢はいくつで、どんな外見なんだろう」「一人称の小説なのか、それとも三人称なのか」「著者が生きた時代はいつで、作品は同時代のことが書かれたのか否か」といった具合に、解消すべき疑問が参加者から次々に上がってくる。

 

小説を読むときは、つい登場人物たちや世界観、ストーリーなどに没頭しがちだが、著者や作品が書かれた時代背景まで想像を巡らせると、また違った楽しみ方ができる。「シャーロック・ホームズ」シリーズなどの翻訳で知られる深町眞理子さんは、エッセイをまとめた自著「翻訳者の仕事部屋」の中で、翻訳に必要なのは感性と想像力だと言っている。普通の人なら未読座談会という企画はそもそも成立しないと思うが、本を読んだり書いたりすることを仕事にしている人たちの、本を読まずに読む行為の深さや広さは、一冊の本として十分に成立する面白さだった。

 

本書の後半には読後座談会も収録されている。同じ内容の本なのに、こちらも各参加者の解釈がそれぞれ違っていて興味深い内容に仕上がっている。

 

特に三浦さんは主人公やキャラなどに容赦ないツッコミを入れ、全体的に場を盛り上げていた。そんな三浦さんが、「読む」という行為について、こんなことを書いていた。

 

読んでいなくても「読む」ははじまっているし、読み終えても「読む」はつづいている(略)気になって気になってどうしようもなくなったときに、満を持してページを開けばいいのではないでしょうか。本は、待ってくれます。だから私は本が好きなのだと、改めて感じました。

 

三浦さんのこの言葉に救われた気持ちになった。私も本を読むことは好きだが、時々「早く積んでる本を読まないと」と焦ってしまうことがある。でも、何も本を開くことだけが「読む」じゃないから、焦らなくていいのだ。「読む」はそれだけ懐の深い行為なのだから。

 

読み終えてから「読む」のは、何も本に限らないだろう。映画でもアニメでも、良い作品を観た時は、翌日ぼんやりとその作品の登場人物などに思いを巡らせたりする。それもやっぱり「読む」だ。最近では「この世界の片隅に」がそんな作品の一つだ。観る度に発見があり、観る度に感動するシーンが違う。公式ファンブックなどの関連書籍を読むと、スタッフや識者がまた違う「読む」を示してくれる。

 

漫画家の高橋留美子先生のお気に入りのシーンは、「段々畑で晴美がすずに軍艦の名前を教えているシーン」だという。「この二人の会話は、常に美しい響き。年齢差や遠慮を越えた、昭和の礼節を感じます」とも言っている。そこがベストシーンなのだという指摘にハッとさせられ、そのシーンを思い出すと、何だかじんわりする。そういう一連の行為も、やっぱり「読む」なのだと思う。何度でも読める作品は貴重な存在だ。

 

『罪と罰』を読まない (文春文庫)

『罪と罰』を読まない (文春文庫)

 

 

「TEPPEN」というカードゲームの世界大会に行ってきた

ガンホーカプコンが共同開発した「TEPPEN」というカードゲームがある。テレビCMも多く流れているので、「リュウとかモリガンが出てるゲームだな」くらいのイメージを持っている人も多いかもしれない。

 

teppenthegame.com

 

ゲームの中には、リュウ春麗ロックマンモリガン、ジルなどカプコンキャラが出てくる。カードゲームは普通ターン勢だが、TEPPENはリアルタイムで進行するとても忙しいゲームだ。格ゲー的な反射神経も求められ、リュウ同士とかだと正直何がなにだかな場面がたまにある。

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ゲーム画面

今年7月にリリースされ、知人にすすめられて確か8月くらいに始めたと思う。最初はルールがわからず負けてばかりだったが、強い人のデッキを真似したり、YouTubeでプレイ動画を見たりで徐々にハマっていった。

 

新環境や新キャラクターの追加などもハイペースでやっているが、シャドバなど他のカードゲームと比べるとそこまで盛り上がってないかもしれない。

 

実際、どんなプレイヤーたちがプレイしているのだろう。ということで、12月に有楽町であった世界大会に行ってみた。少し早めに行ったら、既に30人くらいが入り口に並んでいた。入場後しばらく人がまばらでサービス終了の危機を感じたが、試合が始まる頃には200人~300人くらい収容できる会場は満席になった。

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世界大会

テレビCMが流れる頻度からもわかるように、カプコンガンホーがかなり肝いりで取り組んでいるゲームなのだと分かる。カプコンの辻本(良三)さん、ガンホーの森下社長もそれぞれ関わっており、当日も壇上に上がっていた。

 

世界大会は優勝すると3000万円もらえるのでなかなか夢がある。日本の選手は10~20代前半くらいの若い選手が多く、どのプレイヤーもとても上手だった。幕張メッセであったRAGEはネット中継を見ていたが、会場にいると歓声などが聞こえるのでなかなか臨場感がある。特定のスマホタイトルのeスポーツ大会を盛り上げるのは結構難しいと思うが、現場にいくとそれなりに楽しい。スポンサーもたくさんいて、観戦しにいくだけで、みどりのきつね、あかいたぬき、きのこの山たけのこの里などをもらえた。

 

 

当日参加できる一般向けの大会もあった。30人ほどのトナメで優勝すると10万円。3大会で約90名が参加した。世界大会は来年もやるらしい。あまり課金要素はないという不安はあるが、楽しく遊べているのでもう少しサービスが続いてほしいと思う。

 

テッペン~那須川天心物語~(1) (ヤンマガKCスペシャル)

テッペン~那須川天心物語~(1) (ヤンマガKCスペシャル)

 

 

 

ときど著「世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0」書評

 

世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0

世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0

 

 

 

スト5などで知られるプロゲーマー・ときどがやっている「努力の方法」をまとめた一冊。

 

2013年ごろから全く勝てなくなり壁にぶつかったことで、これまでの戦い方を捨ててゼロから試行錯誤。東大卒のプロゲーマーは、いかに挫折を乗り越えて世界一になったのか――という話です。

とにかくストイック

読んだ感想は、めちゃくちゃストイックだなというひと言に尽きます。
例えば自分の心身の状態をモニタリングするために「睡眠時間」「食事の回数」「ストレス量」など毎朝25項目を10段階で評価して記録している所とか。ウメハラ選手が著書で書いていた「気付いたことは全てスマホでメモをとる」という方法はすぐ実践できますが、ときど選手のやっていることは簡単にマネできないことも多いなと思いました。

 

他にも、家を快適な空間にしないよう置いている家具はベッドだけだったり、豪鬼の気持ちを知るために(?)空手を始めてそこで礼儀や社交性などを身に付けたり・・・。この辺りの映像は「情熱大陸」でも流れていましたね。あと週3回ジムに通ってトレーニングもしているそうです。

 

ときど選手いわく「とても面倒くさがり」らしいので、ジム通いやゲームの練習などの習慣は全てルーティン化しています。確かに人間の意思力は弱いので、もう全てを仕組み化してしまうことで、あとはその仕組みに乗っかって走り続ければいいようにすれば楽ですね。着る服とか、食べるものとか、そういうのもなるべく選択しないようにルーティン化しているそうです。日々の生活は小さな決断の連続なので、余計なことに頭を使いたくないというのはよく分かります。

強キャラを使うか問題

そして、ゲーマー的に気になった所は「キャラ選択問題」です。強キャラを使うのか、好きなキャラを使うのかの選択です。スト5などはアプデでかなり調整が入ったりしますが、自キャラが弱体化してもグッとこらえて耐え続け、基礎力を身に付けた人が本当に強い人になる――という趣旨の話でした。

 

とはいえ、対人ゲームは勝たないと面白くない面もあるので、私自身もつい強キャラを使いがちです。勝つうちにそのキャラに愛着を持つこともありますが、ずーっとそのゲームを続けていると、結局は自分と相性の良いキャラに落ち着くように思います。

 

自身を振り返ってみても、自分が使うキャラは「小回りのきく軽いキャラ」と「オーソドックスな主人公系キャラ」に大別できます。ためキャラや投げキャラは苦手で、これは純粋に操作のしやすさが自分に合っているかどうか、プレイしたときの爽快感や気持ちよさが自分に合っているかどうか、によります。

 

エアガイツならティファ、鉄拳ならブライアンとアリサ、KOFなら京とユリ、ギルティ・ギアならソルとミリア、みたいな。一通りキャラを使ってみて、結局似たようなものに落ち着いてしまう感じです。

 

最近はTEPPENというカードゲームをやっていますが、これもキャラによってプレイ体験が全く変わります。ただ、さっきいったように、勝つうちにそのキャラに愛着がわくというのもありますし、調整が入って自キャラが強キャラになることもあるし、何とも言えない所があります。

 

これまでできなかった技が出せるようになる、できなかったコンボが決まるようになる。これも格ゲーの醍醐味の一つです。使っていて楽しいキャラを使って勝てるようになったらこれは格別だと思います。

 

 

 

 

神様にはなりたくない、大変そうだから 映画「ザ・プレイス 運命の交差点」ネタバレ感想など

前回のエントリに続き、またまたスピリチュアルっぽい話になっているが、今回は最近見た映画と、プレイを始めたゲームの話。両方に共通するのは「神様の視点」だ。

 

神様は大変だ。たくさんの人から都合よく願いごとをされまくるし、世の中を俯瞰できても面倒は見切れないし。神様が人間のような姿で、しかも中年のおっさんだったら疲れ切って枯れた顔をしているんだろうな・・・なんて思ってしまうのは、映画「ザ・プレイス 運命の交差点」を見たからだ。面白かった。世の中を諦めてるようで、最後はささやかな優しさに包まれて前向きな気持ちになれてちょっぴり笑えるという、不思議な映画だった。

以下、ネタバレあり。

theplace-movie.com

 

www.youtube.com

 

神様体験その1:映画「ザ・プレイス 運命の交差点」

主人公の謎の男は、カフェの奥に昼夜とわず、ずっと座っている。男のもとには、人生に迷った男女9人がひっきりなしに訪ねてきて、それぞれの願いや欲望を相談する。それらを叶えるには、男が告げる行為を実行しないといけない。

例えば、こんな感じだ。

・「美人になりたい」女性→強盗をせよ

・夫の関心をひきたい婦人→別のカップルを破局させろ

・がんの病から息子を救いたい父親→幼い少女を殺せ

・視力を取り戻したい男性→女を犯せ

・神の存在を再び信じたい修道女→妊娠せよ

アルツハイマーの夫を救いたい老女→人の多く集まる場所に爆弾をしかけろ

 

なかなかの無理難題だ。ここには「人は願望が叶うとわかったらどこまでできるのか?」「誰かの願いを叶えることは、誰かを不幸にすることにつながる可能性がある」といったテーマがある。全ての願望には他人の運命が代償になる。やがて、9人の相談者たちの運命が交差していくーーというストーリー展開になるので、ゲームの「街」や「428」が好きな人にはおすすめしたい。

 

謎の男はあくまで謎の男で、神様とは明示されていない。ただ、この男は大変疲れた顔をしており、淡々と相談をこなしていたが、最後にはもうこんな役回りはやめたいとポツリと弱音を吐く。そして、最後の最後に男が思わずキョトンとしてしまうような、まさかの事態が起きる。なかなかのキョトン顔で笑った。とある相談者の、破滅的なのだけど前向きな選択。それを男がどう受け止めるのかがこの作品の見所の1つだろう。

神様体験その2:ドワンゴの「人工生命」観察ゲーム

もう一つ神様の大変さを感じたのは、ドワンゴの人工生命観察プロジェクト「ARTILIFE」をプレイしたからだ。人類には早すぎたのか、残念ながら6月にサービスを終了する。現在、猛烈にいろいろなものを終了しているドワンゴだが、超会議は来年も開催されるようだ。

www.itmedia.co.jp

これは、仮想空間内で、AI(人工知能)を備え自律的に動く“人工生命”を観察・育成するゲームだ。それぞれの積み木みたいな個体がニューラルネットワークを備えており、自律的な学習を行い、環境や状況に適応しながら増殖・進化していく。開発者いわく、「蟻の観察」だ。

artilife

人工生命を観察

神の視点を持つプレイヤーができることは、餌を上げたり、モノを置いたり、地形を変えたりといった最低限の介入のみで、個体同士の配合をしたりもできる。

個体の寿命は短く、それぞれ10分程度で死んで、また新しい個体が生まれる。餌を与えてかわいがろうと思っても、全ての個体に目を光らせるのは無理で、神様めっちゃ大変じゃんと思う。全ての個体に平等に、は無理だ。それに、餌を与えて甘やかし過ぎるとその個体は何もできずニートになってしまうらしいので、強い個体として増殖させるためには適度な距離感が必要なのかもしれない。

いまは単なる球体だが、これがもっとリッチなグラフィックで人間のような見た目になったら、人間観察そのものになる。それぞれが学習して、寿命があって、甘やかし過ぎると自活できなくて死んだりする。そう考えるとなかなか恐ろしいゲームだが、現実世界に生きる人間たちも、みな似たような個体(ゲーム内では球体のサイズや関節の数、力、生きる目的などがそれぞれ異なる)なのだと思える。

 

映画とゲームを通して神の視点を体験したGW。しかし、神様もなかなか大変なのだ。

漫画家の「キャラが勝手に動く」という表現と、「やがて君になる」7巻あとがきについて

たまに漫画家さんで「キャラクターが勝手に動き出すんです」と表現する人がいる。それは「ここではないどこかの世界で起きた出来事を、作家が受信して描いている」というのが今回言いたいことだ。何を言っているか分からないと思うが、私も分からないのでとりあえずこのまま進めたい。

 

 

最近この手の話をすることが度々あったので、備忘録として。「やがて君になる」7巻が発売されたが、そのあとがき漫画で仲谷鳰先生がこんなことを描いている。

 

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やがて君になる7巻あとがきより

仲谷先生は、どこかにある「やが君」の世界の様子を観察して、そこで起きたことを正しく伝達している観察者なのだ。イデア古代ギリシア哲学者のプラトンが説いた学説だ。イデア界は「物事の本来あるべき理想の世界」で、われわれ人間はイデアの影として世界や対象を認識しているらしい。花には花のイデアが、机には机のイデアがあり、イデア界の影として、花や机を認識しているだけだと。

 

仲谷先生は「スピリチュアルか?」と登場人物の鳩にツッコませているが、実は最近会社の飲み会でも似たような話になった。漫画に限らず、時代や文化にとらわれない普遍的なテーマを扱う作品は、作家の中から湧き出たテーマではなく、現実世界とは違う別世界から受け取った電波を受信して創作しているという説。その場合、作家は単なる伝送路に過ぎないが、伝送路になるには才能や努力が必要で、優れたクリエイターは電波を受信するために絶え間ない努力をしているのだ、みたいな話になった。表現するのが必ずしもその人である必要はないが、誰もが受信できるわけでもない。「キャラが勝手に動くんですよ」みたいな作家の発言も、こう考えると納得できる。作家自身は、あくまで電波を受信してるだけだからだ。画家、アーティスト、フロー体験(ゾーンに入る)をしているトップアスリートなんかも似たようなものかもしれない。

 

さらに遡ると、大学の飲み会でもイデアの話になった。指導教官の専門がヨーロッパ史なので、ソクラテスプラトンアリストテレスと順に講義で学んだのだ。私は大学に入るまで認識中心主義の考え方で、自分に認識できない世界は存在しないと思っていたし、存在していても意味がないと思っていた。だから、宇宙にロマンを感じるとか、壮大なSFの話とかが昔は全く理解できなかったし、幽霊なんかも信じていなかった。遠い未来の話よりは、歴史小説の方がまだ身近に感じる。自分で体験したわけではないが、SFよりは現実味があるからだ。

 

小さい頃から漫画やアニメやゲームに触れて、パラレルワールドやマルチエンディングといった「可能世界」の考え方には慣れていたはずなのに、決定的に想像力がなかった。ちなみにいまも想像力はない。だから本を読んでいるところがある。

 

イデアの話に戻る。指導教官は、講義の説明だけでは腑に落ちなかった私に飲みの席でイデアについてかなり熱っぽく説明してくれた。リアリスト半分、ロマンチスト半分という感じの人だったが、スピリチュアルな話が結構好きで、「いま君の目の前にある机も椅子も酒も、イデアの影かもしれない」と言った。「やが君」のあとがき漫画を読んで、こうした一連の出来事がガーッと蘇ってきた。

 

ここまでしてきたような話は、ロマンチストな人が好きな話だと思う。いまある現実とは違う、全く違う世界がいくつも存在しているというような話。で、大学でイデアの話とかを聞いたりしながら、いまでは宇宙ものやSFにもロマンを感じるようになったわけで、そういう意味では私も少しロマンチストになったのかもしれない。幽霊についてはいまもそこまで信じていないが、社会人になってから飲み屋で知り合った人たちに霊感がものすごい強い人たちがいて、そのときは霊の話でめちゃくちゃ盛り上がった。

 

何とそのときに「悪い気が流れているから絶対に行きたくない場所」として紹介された場所に、私は仕事で行かなければいけなくなった。霊は信じていないものの、私は「何となくその場所には行けない」という理由で、別の同僚に行ってもらった。昔の私だったら考えられない話だが、自分が少しずつ変わっていくような感覚は決して悪いものではない。

 

最近は本を読んだり音楽を聴きながら、別世界へ入り込むことも多くなった。もともとノンフィクションが好きだったが、遠い世界の話を好むようにもなった。少しは想像力がついたのだろうか。例えば、「夏への扉」なんかは10代に読んでもよく味わえなかったと思う。なんだか、最近読むSF小説は中年おじさんの悲哀とか孤独みたいなものが多い気もする。感覚的には萌えに近いかもしれない。ポール・オースターなんかも、めちゃくちゃ孤独で寂しいです。でも優しい。よくよく考えてみると、単に現実逃避能力がアップしただけかもしれないと思うGW最終日である。

 

夏への扉

夏への扉

 

 

最近読んだ本(投資、事件、お笑い、思想など)

GWは読書の季節・・・ということで、2019年に読んで印象深かった本を簡単にまとめてみる。相変わらずジャンルはバラバラで、GW中は仕事に全く関係ない小説とか古典とか読んでみたい。

 

一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学(cis)

 

一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学

一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学

 

 有名トレーダーcisさんの投資哲学本。この本を読んで投資の参考にするというよりは、「230億円稼いだ人の自伝」として楽しめばよいのかなと思う。ポーカー好きとして知られていて、アキバにプロデューサー兼オーナーとしてカジノクエストという店舗も構えていたりする。

結婚相手を2ちゃんねるで募集したり(そして結婚)、ソシャゲに9000万円課金したりと、普通ではなかなか体験できない半生が綴られていて、こんな人生もあるのだなぁという読み物として楽しめた。トレーダーは1日中パソコンの前にいないといけないイメージだったが、cisさんの場合はもう午前中だけとか、体力面などを考えて時間を決めているのだとか。やっぱ、ずっと画面にかじりついてるのはつらいよなぁ。

 

ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけた つまらなくない未来

 ダイヤモンド社の編集者による、IT立国エストニアの取材記。孫泰蔵氏の会社も協力しており、電子政府化が進むエストニアで何が起きているのかを丹念に取材している。言語の壁もある中で、エストニアという国の文化や歴史的背景も踏まえた上でテクノロジー事情について網羅的にまとめていてすごいなと思った。エストニアのIT事情がよくわかる本。

クズころがし

クズころがし

クズころがし

 

 

 ドランクドラゴン鈴木拓氏の処世術本。クサり芸のイメージを残しつつも、人との付き合い方や世渡り方法についてごく真面目に書かれていて説得力もある。はねトビでゴールデンに出ていた時や、一人で売れていく相方を見ているときに何を考えていたかなども赤裸々に綴られている。どこか達観しているようで、別にあきらめているわけでもない感じで、淡々とした文章。人に言われたことを真正面から受け止めないとか、そういうことが具体例とともに書いてある。

人付き合いに悩んでる人とか、いま置かれている環境に納得できない人とかにおすすめです。

 

世にも奇妙なニッポンのお笑い

 オーストラリア出身のお笑い芸人チャド・マレーン氏の自伝的な内容。なぜ日本のお笑いに興味を持ったのか、日本と外国でお笑い観はどう違うか、映画の翻訳の仕事などを通して感じたことなど、チャド氏ならではの視点で語られていて面白い。アメリカで漫才をするときの字幕や演出をどうアレンジするかとか、すごく大変なんだなぁと。

消された一家 北九州・連続監禁殺人事件

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件―(新潮文庫)

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件―(新潮文庫)

 

 ウシジマくんの「洗脳くん」の元ネタでもある一家連続殺人事件。監禁中は食事排泄制限や通電による虐待などが行われ、こんなに凄惨な事件が起こりうるのかと驚かされる。当時はまだDVなどの概念があまり浸透しておらず、著者が裁判関係者にDVに関する資料を提出したことで裁判の方向性も変わっていく。

ウシジマくんを見ながら、なぜ外出を許されているのにそのまま警察なりに逃げないのだろうと不思議だったが、肉体的にも精神的にも支配されると、そもそも逃げるという発想にならないようだ。読むだけでかなり体力がいる一冊だった。

 

小休止のすすめ

 芸能活動を休止していた期間があるヒロミさんと、サイバーエージェント藤田社長のコラム。ヒロミさんがいろんなお題でコラムを書き、それに対して藤田社長がコラムで応答する構成。ヒロミさんは若手IT社長と遊び仲間らしく、そういうプライベートな裏話も面白かったり。長く最前線で続けていくためには小休止が必要というテーマだけど、二人とも全然休んでいないのでは疑惑も。

 

ゆるく考える

ゆるく考える

ゆるく考える

 

 批評家で思想家で小説家である東浩紀氏による過去のエッセイ集。時系列ではなく、身近な話題を扱った最近のコラムに始まり、ゼロアカや思想地図などゼロ年代批評の話など、いろんな顔を持つ著者の仕事を”ゆるく”振り返れる内容になっている。ゼロ年代のネット・IT論はいま読んでも十分通じるものだと思う。